「孫よ!」    土と遊べ ふるさとに学べ

    農村漁村文化協会「孫よ!土と遊べ ふるさとに学べ」P190より抜粋






         脱穀作業風景         脱穀作業風景

        脱穀作業を手伝う佐久間幸子ちゃんといしいのそばのおじいちゃん




          自分たちの「居場所」を農山村に見出す子供たち     




「ここが好き、農業が好き」と山里の小さなヒロイン


5年前の秋、取材で通りかかった福島県西会津の山村で、
老夫婦と孫らしき女の子がいっしんにソバの脱穀作業をしていた。
打ち棒(ぶちぼう)という昔ながらの道具を使っての作業のやり方にも
驚かされたが、それ以上に心を動かされたのは、
今どき、おじいさんと孫が向い合い、相方になってやる農作業風景。



佐久間幸子ちゃん、当時小学校6年生。
手に打ち棒をもち、足腰のバランスよく、力まずに棒を振り下ろす。
なんとも身についたその仕草。年季さえ感じさせた。
聞けば幸子ちゃんは小学校4年の頃から村でソバ屋を営む
石井民衛さんのもとへ隣村から毎週土曜・日ごとに通い、
ソバの種まき、脱穀の手伝いはもちろん、山奥にまで
ソバを食べに訪れるお客のお膳出し、あと片づけまでもこなしている。




この子は毎週休まずに山を越えて手伝いに来てくれる。
途中で山菜をとり、それを調理して客に出す。小学生にして
もう一人前だよ。このままいったらどんな大人になるか、
まったく末おそろしい子だよ」
と嬉しそうに笑う。
無口ではにかみ屋の幸子ちゃんは
「私は山仕事やソバ屋の手伝いが好き」
と言うだけだが、
「こんな山奥のソバ屋でいつまで続けられるか不安いっぱいだったが、
毎週やってくる孫に励まされ、元気づけられ今もやっていられる」

とおじいちゃんは目を細めた。




元気づけられたのは石井民衛さんばかりではない。
中山間地といえば老人たちばかりと勝手に思い込んでいた私に
「農業が好き、ここが好き」
とまっすぐに答える山里の小さなヒロインがいることに
少し胸を熱くしてしまっていた。




あれから5年、
もうソバ屋のおじいさんの手伝いなどやめて
いまどきの17歳のように変わっているのでは・・・・。
いや、それがあたり前の時代である。
気になって福島県山都町宮古に出かけた。
「やあ、いらっしゃい、久し振り」
とがっしりした体躯の石井のじいさんが満面の笑みでむかえてくれた。
不思議なことにその笑顔を見ただけで、
ああ、ふるさとに帰ってきた気分になる。
しかし幸子ちゃんの姿はなかった。
「やはり」
と気落ちしていたら奥の台所ののれんをわけて「こんにちは」の声。
幸子ちゃんである。変わらない幸子ちゃんがいた。
店が引けたいろり端でたくさんの質問をしてみた。
高校2年生、相変わらず無口な幸子ちゃんは
なにかむだけで多くは語ってくれないが、
おじいちゃんおばあちゃんのことになると少しおしゃべりになった。




「どうしてこんな山奥に遠くからソバを食べに来るんだろう」
との問いに幸子ちゃんは
「ここの景色が良いから」と指折り数えたあとで、
「やっぱり、わざわざやってきたお客さんを
迎えるおじいちゃんの出迎え方がかっこいいから」

と答えて再びあと片づけのために
台所へ立ち去っていった。
モノのおいしさや農村景観だけではない。
人の心がひとを魅きつけるのだと言いたいのだろう。
「いつのまにか見ていたんだね」
と78歳の石井のじいさんはその答えに感慨深げだった。
そして
「本当はあの孫たちに励まされてソバ屋もここまでやってこれたんだ」
と5年前と同じつぶやきを何度もくりかえした。

       手伝いをする幸子ちゃん                 本店のおじいちゃんとおばあちゃん



子供たちは何を学びとって大きくなるのだろうか。
教科書、メディア、それもあるだろう。
しかし何よりもそこに生きる人々のふだんの暮らしの中から多くを学び、
深く心に刻みながら成長するのではなかろうか。

いま私たちの社会に大人と子どもが一緒に仕事をする場がなくなった。
「俺もバアさんも作業のたびにどっこいしょ、
という歳になってしまったが、孫たちがやってきて
トントントンと階段を軽やかにお膳を運ぶその足音を聞いているだけで
心が晴れやかになる」

と言う。幸子ちゃんも、おかずをつくるおばあちゃんや
ソバを打つおじいちゃんの後姿が大好きだという。




人、孫とともに心わけ合って生きる。
農山漁村は人がのびやかに暮らす、古くて新しい場所である。


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